’95.1.17−1日目−

なぜか、ふと目が覚めた。
グラっとゆれ出したが、どうもこれまでより大きい。
家の一番奥で寝ている私は、とっさに「玄関まで行けないかもしれない」と感じ、ベランダへ出られるよう枕元の窓を大きく開ける。
普段は見晴らしがよく、阪神高速、六甲アイランドが見渡せる、本当に気持ちのいい景色である。
が、窓を開けたとき目に入った景色は、グレーの町並に、白茶の砂ぼこりが下から上へ昇ぼって行く。不気味だ。
怖くてとてもベランダには出られない。
10センチほど残して窓を閉める。
その瞬間だった。ガタガタガタという音と共に、大きく揺れ始める。
もっとも、その瞬間は「揺れた」とも感じなかった。なんだかよくわからない。
とりあえず、ベッドの端をつかんで馬乗り状態。
百貨店の屋上に100円を入れると揺れるおもちゃがあるが、まさにあれだ。
「あらら〜」と思っていると、右目の隅にタンスが倒れて行くのが見える。
「あらら〜、タンスが倒れてる」
もうひとつとなりのタンスも倒れている。
頭の中には「倒れている」という事実以外、何もわかない。
「たいへんだ」という言葉は浮かんでも来なかった。

随分長い揺れを感じた後、おさまる。
とりあえず、枕元にある電話を取る。
ない。
テーブルごとない。
真っ暗なので、テーブルのあった辺りや、ベッドの下を手探る。
受話器があった。
耳にあてても、何も音がしない。だめか。
テーブルに置いてあった懐中電灯を手探りで探す。
これは見つからない。
タンスが倒れていて、玄関へも行けない、と一瞬途方に暮れる。
その時だった、ふと頭の中で声がした。
いま、思いだしても不思議だが、はっきりとした声が聞こえた。
「行ける!」「タンスを乗り越えて行ける」
そうか!
思い直して、倒れたタンスの背中を、そろっと踏み越えて行く。
1つ、2つ・・・その向こうにあった本箱も揃えたように倒れている。
踏み越えるしかない。
後から見ると、ダイニングはガラスの破片だらけなんだけど、
   どうやってそこを踏み越えていったのかは定かではない。
 とにかく、けがをすることもなく、玄関にたどり着く。

鍵をはずして、玄関のドアを開けてみる。
開いた!
少しほっとする。
廊下には、まだ誰もいない。
う・・寒い。パジャマ一枚だ。が、着るものは、一番奥のベッドのそばにしかない。
また、家具を踏み越えて、あそこまで戻る勇気はない。
だれか出て来ないだろうか?
しばらくすると、3人出て来た。
廊下は、ガスが充満している。
が、暗くてどこからでているのか状況が見えない。
あまりにガス臭いので、みんなで小学校へ行く。
「鍵がみつからない」誰かが言う。
「あけっぱなしでも、このぐちゃぐちゃの中、取って行けるものはないわ。」
パジャマ一枚の私は、他の部屋の人に着るものを借りる。
前日まで9度からの熱を出していた私は、たくさん着せてもらって、本当に感謝。

マンションを出ると、いきなりすぐ角の木造の家がつぶれている。
「え〜!つぶれてる!」
少し行くと、ダイエーの1Fがなくなっている。
「えー?!ビルもつぶれてる!」
小学校へ着くまで、あちこちで家がつぶれて、ガスが音をたてて吹き出している。
小学校は、門が閉まっているため、舗道に人が溢れている。
100人くらいいただろうか。
たったひとり、ラジオ付きの懐中電灯をもった人がいる。
「今何時ですか?」
「6時過ぎ」
朝方と聞いて、少しほっとする。もう少しで明るくなるんだ。
「震度はいくつですか?」
「大阪は4、京都が5、神戸はでてない」
「震源地は?」
「まだわからない、淡路島」
「ありがとうございました」
しばらく、ラジオの人にくっついて、聞いている。
速報では大阪、京都、滋賀、名古屋、福井・・・いったい、どう揺れたんだか。
それも、京都の震度が最大だ。
神戸はこれで軽いほうなのか?
数人が門を持ち上げてはずし始めた。
グランドに入るころには7時。少し明るくなってきた。
西の空は、煙で真っ黒だ。
「ガス爆発があったらしい」
東、南は数本の煙があがっている程度。
すぐ近くに煙はない。
余震が続くので、校舎に入るのは怖い。
が、さすがに冷えてトイレに行きたい。
誰がどうしたか、校舎の入り口が開いた。
トイレへ行こう。みんなで行く。
ここで、同じフロアに住む4人が、初めて自己紹介をしあう。
何年も住んでいるが、皆、初めてだ。

8時。
社宅の団体が、「明るくなって玄関が開けっぱなしは不用心なので、一旦帰りましょう。」
と帰り始める。
私たちも、一旦戻ることにする。
来た道はガスが充満しているから、違う道を帰ろう。
ダイエーの2F以上は、 さっき見た時は壊れていなかったのに、どんどんヒビが入っている。
犬が、倒れた塀の上で吠えもせず、ただ全身を震わせている。家人は、居るのかどうかもわからない。
瞳をじっと見つめて「もう終わったからね。大丈夫だよ。もういいからね。」と何度も心で語りかける。犬の震えは止まらない。
路地に布団をひいて寝ているおじいさんと、その横におばあさんが正座して座って居る。
みると家は、2Fが落ちて1Fがない。
「大丈夫ですか?」
1Fで病気で寝ているおじいさんを、2Fで寝ていたおばあさんが布団ごと引っ張りだしたのだという。
おばあさんは風呂敷包みを持っている。
「枕元にあった聖書と財布を、これだけは・・ともってきました」
息子さんに連絡が着いていて、車で迎えに来るのを待っていると。
しっかりしたおばあさんだ。よかった。

マンションの前まで着いたものの、時間と共にヒビの入ったビルを見た後では、怖くてとても入れない。
人の声がする。
裏の4F建てマンションの1Fがつぶれている。
7人入ったままだと言う。
外から一生懸命声をかけている。
さすがに、鉄筋が相手では、私たちでは、手のくだしようがない。
見ているのもつらい。
「だれか人口呼吸できる人居ませんか?!息子が・・・」
木造の1Fから引っ張りだした子供の人工呼吸を探している。
「車ありませんか?!」
「この辺の病院知りませんか?!」
人が駆け回る。
時折、ただ見て回るような車がゆっくり通り過ぎる。
そこら中ガス漏れだというのに、中で煙草を吸いながら、あちこち眺めて観光気分だ。
消防署の車が来るが、壊れた状況だけを聞いて、「はい、わかりました」と帰って行く。
気持ちがいらだつ。
手ブラで出て来たので、公衆電話から電話する10円もない。
とりあえず、部屋へ。
玄関を開けてみると、さっきは真っ暗で様子がわからなかったが、すさまじい。
玄関の踊り場以外には、すべてものが降っている。
財布の入ったバッグは、倒れたオーディオラックの下だ。
他に現金を探す。
玄関の鍵。
お腹もすいて来た。
倒れて扉の開いた冷蔵庫から水。ふっとんだクラッカーが目に入る。
とても片付ける気になれない。どこから手を付けていいのかさえ考え付かない。
一人だけ出て来なかった、隣の部屋のドアをたたく。
「食器棚が倒れて、扉に届かないのよ。」
「鍵だけ開けて。」
部屋はぐちゃぐちゃだが、元気そうだ。よかった。
「実家には電話が繋がったよ。」
「え?電話、生きてるの?貸して!」
受話器だけ受け取って、戸棚の向こうでダイヤルしてもらう。
「とりあえず、そっちへ行こうか?」
「うん、とりあえず来て」
と言ったものの、どうしたものか、考えもまとまらない。
電話は、これを最後に切れた。

「ちょっと喫茶店でも行って、お茶でも飲んでから考えようか」
「行こう」「行こう」
が、さすがに一名冷静だった。
「ガスも水道も電気も切れてるのに、喫茶店はやってないんじゃない?」
「でも、とりあえず行ってみよう」
あまりにぐちゃぐちゃになったこの部屋を、見ているだけでも頭がおかしくなりそうだ。
そっか〜
ガスも電気も水道も切れている・・・こりゃ、今晩ここで暮らす勇気はないな。
実家へ帰ろう、と決心。

ドアの中から電話が鳴る音がする!
受話器をとる。
「大丈夫?!」
聞こえる!繋がっている!!!
大阪からだ。
「大丈夫。そっちは?」
「大丈夫」
「阪神高速が1キロに渡って、倒れてるらしい」」
「そか。」
言葉で言われても、さっぱりピンと来ない。誰が、あんな図が想像できるだろうか?
「ここは大丈夫だけど、裏のマンションが倒壊して、ガス漏れが凄いよ。とりあえず私は無事だ。」
電話のベルは2回かかってきて通話できたが、こちらからはかからない。
でも、人の声を聞くとほっとする。

玄関に行き先をはり紙して、喫茶店へ行ってみる。
手書きの張り紙で、「営業中止」となっている。
当たり前か。
会社へ電話入れてみよう。
駅前に3つある公衆電話は、10円玉がいっぱいになり、1つ、また1つ、そしてまた1つ、ツーという音はしているが、使えなくなる。
1時間並んで、結局だめだ。
パン屋の前にある公衆電話は、パン屋さんが、10円玉がいっぱいになるたびに取り出して、使えるようにしてくれている。
会社は誰も出ない。この状況は、狭い範囲の出来事ではなさそうだ。
実家から父が着く。
おにぎりがあるという。
すでに11時過ぎ。
暖かい車の中で、みんなでおにぎりを食べる。ワゴン車でよかった〜と思ったのは、この時だ。
暖かさとおにぎりで、少し落ち着く。
どっちにしても、今晩ここでは過ごせないので、それぞれに行き先を決め、連絡先を教え合う。
実家に連絡の取れなかった人の分も、かわりを請け負う。

ぐちゃぐちゃの部屋から、バッグを探しだす。
「明日からの通勤着、持ってこい」と親父。
え〜?1週間は仕事にいかないぞ・・・と思いつつも、一応持ちだす。
実は、ほんの2・3日空けるだけという程度の気持ちしか、この時はない。
zaurusのモデムがない?!オーディオの下敷きになっているんだろうけれど、これだけはどうしても持って行きたい。
1時間かけて探しあてる。
親父が手際よく、冷蔵庫や流し、コンロの上からふっとんだ鍋の中身等、生物を袋につめ、捨てている。
こんな時に、そういうことをとっさに思い付くところが凄いと、妙に感心してしまう。
昨日、めずらしく「ダイエット鍋」を作ったのになぁ〜。
そういう、珍しいことするからだなぁ・・・と自分で苦笑する。
台所の冷蔵庫の上にあったはずの電子レンジが、隣の部屋の、オーディオの中にうもれている。
宙を跳んだんだ・・・
午後1時過ぎ、同じ方向の一人を乗せて西へ向かう。

2号線を走るが、スムーズに動きそうにない。
御影から山手幹線に入る。
橋の手前が大きく陥没していて、軽自動車は乗り越えるのに一苦労だ。
ワゴン車でよかった・・・と思った2回目だ。
道路は、沿線の建物が崩れて、道にはみ出している、陥没している、ヒビ割れている等、とても、普通にまっすぐ走れない。
家々の倒壊の激しい地域では、人が頻繁に往きかっている。
壊れていない地域では、あまり人通りはない。
ローソンの前に行列が出来ている。まっくらなまま営業しているのだ。
が、入場制限をしているところもある。
その前に出来ている列を見て、「日本は平和だ。人々は、実に冷静なんだ」
と、強く感じた。こんな事態になって、「暴動」「強奪」はおきていないのだ。
神戸っていい街だ。
三ノ宮を過ぎてから、出来るだけ山寄りに裏道を行く。
言付かった実家へ電話を入れてみる。
あまり人通りのないあたりでは、公衆電話も使える。
地名は、よくわからないが、長田を山側から越える。
黒い煙は、ずっと向こうなのに、においがする。
長田で一人降ろす。実家が大丈夫だといいのだけど・・

景色が、山になってきた。名谷の辺りか。
ずぅ〜っと向こうまで、一面に緑が広がっている。
夕日が赤い。静かな景色が一面に広がる。
自分が生きているのか、そうでないのか、自信が無くなった。
あれ?私、天国に来たんだろうか?
本気で、そう思った。
どうしてかわからないままに、頬を涙がつたっていた。
あれ?なに、これ?
自分でも、自覚がない。
どんどんでてきて、はじめて「へんだ?」と思った。
「もう大丈夫なんだ」
知らずに、そう心がつぶやいていた。
広々とした景色を見て、こころがほっとしたんだ。
まぬけな話だが、あとでそうわかった。

実家に着いて、TVを見て、初めて状況がわかった。
TVは、怖かった。
壊れた家も、ビルも、みんな目の前に見てきたのに、現実よりもTVははるかに怖かった。
何時になっても、どこのチャネルも、同じ映像を、これでもか?!これでもか?!と流している。
まるで拷問を受けているかのように、怖い。
怖いと思っていると、余震が来る。
今まで、「地震で命が無くなるかもしれない」なんて、考えたこともなかった。
でも、今は、「今度揺れたら死ぬかもしれない。」という気持ちと背中あわせだ。
その地震で人々が死んで行く光景を、何度も何度も繰り返し見せられながら、現実にまだ余震で揺られている人間の心理を、この映像はどう思っているのか?
いま、ここに、この映像を流すことに、何の意味があるのか?
怒りと恐怖で震えがくる。
「震度6程度の余震は、必ずまた来る」という一方で、「デマにまどわされるな」と平気で言うTV。
デマってなんだ?
気が狂っているのは君らじゃないのか?
現実の中にいる人間に対して、この映像と宣言は、一体何を期待しているのか?
意味がないなら、せめてやめてくれ。
それでも、揺れるたびに震度と震源を確認したくなる。
服を来たままで、鞄と懐中電灯を枕元において、何か言ってくれるんじゃないかと期待して、朝まで一晩中TVにしがみついていた。
マスコミは、市民の代弁者であり、政府の代弁者でもあると、いつのまにか思い込んでいたけれど、
マスコミは、マスコミの為のマスコミでしかないと、この時から思い知らされるのだった。

[当日編 end]


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