あれから一年経ってしまった。
いろいろと、思うこと、考えたこと、感じたこと、そして決心したこともある。
いっぱいあるけれど、とりあえず自分の中で忘れないうちに、その時の状況を書いておこう。
役に立つのかどうかなんて、わからない。
とにかく、体験した状況をまず残しておこう。
自分の為に。 ちなみに、わたしは、この時、神戸市東灘区JR住吉駅から歩いて5分と少しのところに住んでいた。
’95.1.17
’95.1.18
’95.1.19
After-1
After-2
After-3
mental care
10年という月日
['05.01.17]![]()
あれから二年。
少なくとも、壊れかけたビルや家は目に入らなくなった。
が、整地してアスファルトをかぶせただけの駐車場が以上に多い住宅地。
消費税アップも前に、土日になると、それだけで新聞が郵便受けにつまりそうな新築マンションの広告。
テレビの報道は「神戸を忘れないで」と訴える。
神戸の何を忘れないでなの?
多分、住民は大きく2つに別れる。
もう自分なりに生活再建し、あまり地震・地震と言われたくない人々。
国の生活支援を切に求める人々。
いい・悪いではない。2手に別れるのだ。
幸い、私は1年後には新しい家に引っ越した。
テレビでみる震災が大嫌いだ!チッチッチ・・・・カチ!ゴォ〜〜〜〜
なんていう、当時の瞬間のビデオを見せられるのがいやだ。
今年の1月、テレビ朝日の震災報道番組のCMは許せなかった。
その映像、なんの意味がある?他に使うものがあるだろう?
番組の途中に入るCMをみせられるたびに、動悸がする。
おい!テレビ局。少し考えろ。
その映像が、人々にどういう心理的影響を与えるか?
直後もそうだったが、「テレビ」というメディアは、「人間の心理」を考慮できないのなら、映像を使うな。
「報道」という立場・視点だけで一方的に押しつけられるテレビコンテンツ。
許せないものが、近頃多すぎる。
「報道」の考え方そのものを疑う時さえある。
「報道」をたてに、人に迷惑かけるな。そうとまで言いたくなる。
確かに私たちは、ある意味で「震災弱者」だ。
が、いつまでも「震災弱者」なだけでいたいわけではない「場面」もあるのだということも、理解して欲しい。
この体験がもたらしたもの。
私は、物理的なものよりも、心理的なもの精神的なもの、目に見えないものの方が、実ははるかに大きいのだと、私は感じている。

[公共]
兵庫県
[体験・記録]
Street of
KOBE
服部洋介/神戸からの報告(阪神・淡路大震災)
阪神大震災の復興
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